コーチングの限界を越えるコーチング心理学の活用例
ビジネスで、教育現場で、医療現場で、スポーツの世界で……さまざまなシーンで活用されているコーチング。コーチングとは、支援が必要な人の成長を支援するために、コミュニケーションで関わっていく手法の一つです。
一方。コーチングを現場で活用しようとしている方ほど、「コーチングの限界」を感じたことはありませんか?
ここで言う、「コーチングの限界」とは、「支援が必要な人に問いかけても答えが出てこない」「どのように関わればいいのか行き詰ってしまった」のような状況です。筆者自身、コーチングの限界を感じたことがあります。
壁を乗り越えるために、現在はNLP(神経言語プログラミング)というコミュニケーション心理学を活用し、コーチングに応用しています。また、資格を認定するトレーナーとして、トレーニングを行っています。
そこで、本記事では、「コーチングの限界」の壁を越えて、支援が必要な人に「本当の支援」をしていくための、心理学的なアプローチについてお話します。
コーチング心理学とは
ところで、コーチングと心理学を意味する言葉として、「コーチング心理学」という言葉があるようです。コーチング心理学については、Wikipediaによれば、次のようにありました。
コーチング心理学(コーチングしんりがく、英: Coaching Psychology)とは、従来のコーチングに加えて、コミュニケーション技法や心理療法を応用して心理学的な理論を基盤に科学的な検証を行っているとする心理学。
出典:コーチング心理学 | Wikipedia
インターネットを調べる限り、日本における「コーチング心理学」という定義や情報は乏しく感じられました。「コーチング心理学」とうたっている団体はいくつかあるようですが、情報はしばらく更新されていないようです。また、特許情報プラットフォームにて、商標が登録されているか確認しましたが、本稿執筆時点で、「コーチング心理学」という言葉は登録されていませんでした。
そういう意味では、日本のコーチングにおける心理学の活用・発展は、これから……というところなのかもしれません。
なお、本稿で用いる「心理学」は、NLPのことを意味することを、あらかじめご了承ください。
コーチングによる支援者への支援
コーチングは支援者に対し、主に会話によって支援を行います。会話による支援とは、次のようなものです。
- 観察する
- 信頼関係を築く
- 話を傾聴する
- 明確になっていない情報を引き出したり、価値観や思い込みによる制限をゆるめたりするために問いかける
- ポジティブな状況にリードする
- 支援者の中に生まれた気づきに対し、行動を促す
これらによって、「気づきを促す」「動機付ける」「思い込みをゆるめる」「行動を促す」などの支援を行うことができます。
筆者は、これらのパターンをコミュニケーションUとしてまとめています。
コーチングの限界
一方、次のような状況は、会話によるコーチングでは支援が難しくなります。つまり、「コーチングの限界」です。
考えても答えが見いだせない
支援が必要な人が、次のような状況の場合、考えても答えを見いだすことが難しくなります。
- 目標やゴールのイメージが大きすぎる。距離が遠すぎる
- 経験が浅く、目標やゴールに到達するプロセスがイメージできない
- 選択肢がたくさんありすぎて、何を選んだらいいかわからない
- 自分で考えられることはやり尽くした
- そもそも、目標やゴールイメージがない
これまでの具体的な事例では、1の事例では、「起業したいが、夢が壮大すぎて、現実とのギャップが大きく、何からはじめたらいいか分からない」、2の事例では、学校の先生が「職場で“将来をイメージしろ”と言われるが、将来がイメージできない」、3の事例では、「起業したいが、やりたいことがたくさんあって選べない」、4の事例では、「上司との人間関係が悪い。できることはやりつくし、これ以上の案を考えても浮かばない」、5の事例では、「モチベーションを上げたくてなんとなくコーチングを受けようと思った」などがありました。
ネガティブな状況になっており、思考できる状況にない
ネガティブ度が深刻な状況で、思考できる状況にないときも、会話によるコーチングは難しいです。
これまでの具体的な事例では、「職場の人間関係をどうにかしたいが、同僚が協力的でなく、しかも、メンタル的に落ち込んでおり何からはじめたらいいのか分からない学校の先生」「親との関係を改善したいが、親の何がこんなにイライラさせるのか分からないビジネスパーソン」「部下への信頼感がゼロになった経営者」などがありました。
話は少しずれてしまうかもしれませんが、「ネガティブなテーマは、カウンセリングの範囲なのではないか」という意見もあります。
筆者の意見では、それがネガティブなテーマであれ、「日常のビジネスシーンで当たり前のように起こるテーマ」については、コーチはしっかりと支援できるべきだと考えています。なぜなら、日本における「カウンセリング」という言葉のイメージは、うつやパニック障害のような、「メンタル的に相当ダメージを受けた状況で受けるものだ」という印象があり、コーチングとカウンセリングの間には大きな溝があるからです。
コーチングとカウンセリングの違いについては、プロが教えるコーチングとカウンセリング3つの違いと2つの共通点で説明しています。
コーチングの限界に対する心理学的アプローチ
コーチングの限界を一言で言うと「それ以上思考できない状況」です。会話によるコーチングは、問いかけによって思考する機会を作り、気づきを促す手法です。そのため、問いかけても、「それ以上考えられない状況」になったとたん、アプローチが難しくなります。
このような状況で効果を発揮するのが、心理学的アプローチです。
ここでいう、心理学的アプローチとは、次のようなものです。
- 五感(視覚(イメージ)、聴覚、身体感覚)の活用
- 潜在意識(トランス、催眠)の活用
よく、「左脳」「右脳」と言いますが、左脳は一般的に、論理や計算、言語的な処理が得意と言われています。一方、右脳は一般的に、イメージや感覚、ひらめきなどが得意と言われています。会話によるコーチングが、言葉や思考を使う「左脳的アプローチ」だとしたら、心理学的アプローチは、「右脳的アプローチ」と言ってもいいでしょう。
心理学的アプローチは、五感の特徴や潜在意識の特徴を知り、それを活かすことによって、「思考の枠を超える」ためのアプローチと言えます。
コーチングへの心理学の応用例
これまで、多くの支援者に心理学的アプローチをしてきた経験があります。その例をいくつかご紹介します。
将来がイメージできない学校の先生
ある学校の先生は、「将来がイメージできない」と筆者の元を訪れました。職場では、先輩の先生から、「3年後の自分をイメージしろ」とよく指導されていたそうです。しかし、その先生は、「イメージ」というのがどういうことなのか、よく理解できませんでした。そのため、先輩の先生からよく叱られ、「将来をイメージできない自分は、先生として失格なのではないか」という悩みを持っていました。このような状況では、いくら考えても答えがありません。
そこで筆者は、心理学的なアプローチを用いることにしました。人の五感には、「優位感覚」というものがあります。「優位感覚」とは、人には、視覚を使うのが得意な人と、聴覚を使うのが得意な人と、身体感覚を使うのが得意な人がいるという、感覚の優位性のことです。
対象者にいくつかの質問をし、観察した結果、「身体感覚が得意だ」ということが分かりました。身体感覚優位の人は、視覚的な情報処理(つまり、イメージ)よりも、「感じる」ことが得意なのです。このような場合、情報処理が得意な感覚からアプローチし、少しずつイメージするように促すと、イメージできるようになります。つまり、その先生は、「イメージ力がなかった」のではなく、「イメージの仕方が分からなかった」のです。
コーチング終了後、先生は少しずつ自信を取り戻し、何度かのサポートによって、元気に働けるようになりました。
起業したいが、何をしたいのか分からない起業家
ある起業家は、起業を目指していました。けれども、やりたいことが複数あり、全部が「チャンス」のように感じられ、何で起業したらいいのか分からず、筆者の元を訪れました。また、それぞれのビジョンが壮大で、何から手をつけたらいいのか分からない状況でした。
そこで筆者は、心理学的なアプローチを用いることにしました。過去に体験したポジティブな体験(「うれしい」「楽しい」「頑張った」など)を選んで、過去の記憶にアクセスし、そのとき体験した身体感覚を思う存分味わうよう促しました。頭の中では、実体験とイメージを区別できないので、過去の体験でも、まるで今、それを体験しているように、身体感覚を味わうことができます。
その体験をキープしたまま、未来へと進み、今度は、実現したいと思ういくつかのビジョンをイメージするように促し、それらの体験の中で、どの体験ならワクワクするか、もっともしっくりするかを感じるように促しました。その結果、ある1つのビジョンに絞ることができました。
さらに、それを叶えた未来の自分をイメージし、未来の自分から、現在の自分に対して、「今、すべきことは何か」をアドバイスするよう促しました。その結果、今やるべきことが見え、未来に向かって歩き出すことができました。
コーチングと心理学の考察
これらの事例は、言葉のみの説明では、あまりよく理解できないかもしれません。なぜなら、心理学的アプローチは、五感や潜在意識を使ったアプローチであるため、言語化すること自体がそもそも難しいからです。
しかし、会話によるコーチングが「左脳的」「言語的アプローチ」であるのに対し、心理学的なコーチングは、「右脳的」「非言語的アプローチ」であることからすれば、アプローチの幅を拡げることになるので、今までのコーチングの壁を越えることが想像できるのではないかと思います。
今まで半分しか使っていなかった脳のはたらきを、全部使うようなイメージです。
まとめ
コーチングの限界と、コーチング心理学(心理学を活かしたコーチング)についてまとめました。
「心理学」という言葉の響きに、何か難しさを感じるかもしれません。また、その言葉から連想するのは、学術的なもの、机に向かって、学問として学ぶことをイメージされるかもしれません。
一方、コーチングの心理学的アプローチは、それほど難しいものではありません。なぜなら、学問として「覚える」というよりも、今まで使っていなかった体の機能を使うことに他ならないからです。
それはまるで、今まで使っていなかったスマートフォンの、便利な機能を使うようなものです。その機能はすでに入っているので、実際に使ってみて、その機能の便利さを感じ取ればいいだけだからです。
もちろん、習得までには多少の時間は掛かるかもしれません。けれども、もし、言葉によるコーチングに何かしらの限界を感じていらっしゃるなら、心理学的なアプローチを試すことによって、支援者を支援できる幅は、広がるように思います。
投稿者プロフィール
- 1971年生まれ。新潟県妙高市出身。自動車会社勤務、プログラマーを経て、現在はNPO法人しごとのみらいを運営しながら、東京のIT企業サイボウズ株式会社でも働く複業家。「複業」「多拠点労働」「テレワーク」を実践している。専門は「コミュニケーション」と「チームワーク」。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。しごとのみらいでは「もっと『楽しく!』しごとをしよう」をテーマに、職場の人間関係やストレスを改善し、企業の生産性と労働者の幸福感を高めるための企業研修や講演、個人相談を行っている。サイボウズではチームワークあふれる会社を創るためのメソッド開発を行うほか、企業広報やブランディングに携わっている。趣味は仕事とドライブ。
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