コーチングスキルが自然と身に付くチャート式実践トレーニング

人材育成の手法の一つにコーチングがあります。コーチングとは、「どうすればできると思う?」のように部下に問いかけ、考えるきっかけを作ることによって、気づきを促し、自発性を高めるコミュニケーションの方法です(参考:コーチングとは何か―理解を深める4つの段階と効果)。あなたもコーチングスキルを身に着けたい、部下の育成に生かしたいと思ったことはありませんか。

コーチングの本は数多く出版され、インターネット上にも多くの記事があります。コーチングに必要なスキルとしては「傾聴」「質問」「承認」などと言われています。しかし、理論は理解できても、実際にやってみると難しく。「コーチングは難しい」とお感じの方も少なくありません。

そこで、本記事では、職場で実践しやすいコーチングの方法をご紹介します。チャートの「型」に沿って問いかけていくことで、比較的簡単にコーチングスキルを身に着けることができるほか、セルフコーチングを行うことで、会話の流れが自然と身に付きます。

コーチングが難しい理由

職場での実践しやすいコーチングスキルをお伝えする前に、コーチングが難しい理由を、簡単にまとめてみました。

  • 「傾聴」「質問」「信頼関係づくり」「タイプ分け」など、「なるほど!」と思える多くのスキルがあるが、一度に多くの事を意識できない
  • それぞれのコミュニケーションスキルをどのように組み合わせればいいのか分からない
  • どんな順番で、何をしたらいいのか分からない
  • 会話の流れをうまく組み立てられない
  • 会話が脱線してしまうとパニックになる。どう軌道修正したらいいか分からない
  • 練習する機会を作るのが難しい

プロになるのであれば、相応のトレーニングをし、これらの難しさを乗り越える必要があるでしょう。けれども、職場で実践する場合はプロになるわけではありませんし、「コーチング的な関わり方」ができ、その効果が実感できれば十分なのではないでしょうか。

コーチングスキルが自然と身に付く「型」

武道を覚えるためには、最初に「型」の練習をします。コーチングにも「型」があると便利です。「何を」「どのように」進めればいいのかが分かるので、コーチングがとてもやりやすくなります。

そこで、難しい知識や多くの経験がなくても、コーチングがステップ・バイ・ステップできる「型」を用意しました。一枚の紙にコーチングの流れを書き出しながら行う方法で、筆者がコーチングを指導したりする際に実際に使っているものです。シンプルですが、比較的簡単にコーチングスキルを身に着けることができます。

全体像は次のようなチャートです。

チャートコーチングのメリット

チャートコーチングには、次のようなメリットがあります。

  • 「何から始めればいいか」「次は何をすればいいか」(コーチングの流れ)が分かる
  • 流れをチャートに任せてしまうことで、いろいろと考えながらコーチングをしなくてよくなる(頭が軽くなる)
  • 「今、何をしようとしているのか」が視覚的に分かる。話がずれても軌道修正しやすい
  • オーソドックスなコーチングの「型」が分かるため、自然とコーチングスキルが身に付く
  • 自分で使うとセルフコーチングができる
  • 簡単な図なため、慣れるとチャートに書かなくてもコーチングの流れが分かる

チャートコーチングの流れ

では、チャートコーチングについて解説します。

ステップ0:準備

チャートコーチングをはじめる前に、次のような三角形をA4の紙やノートの中央に書いておきます。左下が現在、右上が望ましい姿(未来)を現しています。会話の流れやパターンをつかむものなので、手書きでかまいません。フェイスマークはあってもなくてもかまいませんが、書くと「ここでは、何をするのか」が視覚的に分かります。左が現在、右上が望ましい姿です。

ステップ1:テーマを聞く

ステップ1は、「テーマを聞く」です。

コーチングをするということは、「売り上げを上げる」「人間関係を改善する」など、何かしらの課題があるはずです。そこで、最初にテーマを確認します。基本形はこの質問から始めます。

  • 「今、お困りのことは何ですか?」

時間を明示すると、終了時間を意識させることができます。

  • 「今から、○○分お話しますが、今、お困りのことは何ですか?」
  • 「今から、○時までお話しますが、今、お困りのことは何ですか?」

結果をイメージさせるのもいい方法です。

  • 「今から、○○分お話しますが、今、解決したいことは何ですか?」
  • 「今から、○時までお話しますが、それまでに『こうなっていたらいいな』というのはどんな状況ですか?」

また、上司から部下に話しかけるときは、上司側からテーマを提示してもいいでしょう。

  • 「○○について話がしたいんだけど、○○分時間ある?」
  • 「○○の進捗について確認したいんだけど、○○時までちょっといいかな?」

のような具合です。

いろいろ書きましたが、基本は「今、お困りのことは何ですか?」のようにテーマをひと言で聞くことです。テーマを聞いたら、紙の左上に書いておきます。

ステップ2:現状を聞く

ステップ2は、「現状を聞く」です。

「課題がある」ということは、現状、何かしらの上手くいっていない状況があるはずです。そこで、現状がどうなのかを具体的にします。基本形はこの質問から始めます。

  • 「○○にお困りということですが、具体的には?」

続けて、困っていることをさらに具体的にしています。「いつ」「どこで」「誰が」「なにを」「なぜ」「どのように」など、いわゆる5W1Hの質問や、「どんなシーンで」「どんな声が聞こえていて」「何を感じたのか」など、「見て」「聞いて」「感じた」こと(つまり、五感の情報)をヒアリングするといいでしょう。

具体的には……

  • その問題はいつから起こっているの?
  • どこで起こっているの?
  • その問題には誰が関係しているの?
  • 具体的には、何が問題になっているの?
  • なぜ、それが問題なの?
  • どのようにして、それが起きたの?
  • その時の具体的なシーンは?
  • その時、周りからはどんな声が聞こえていた?
  • その時、何を感じた?それは、体のどのあたりで?

現状を細かく細分化し、状況を具体的にしていくイメージです。質問文で覚えるよりも、「5W1H」や「見て」「聞いて」「感じて」など、ヒアリングする端的なキーワードなら簡単に覚えられるでしょう。

聞きだした内容は、チャートの左下「現状」に記入しましょう。

ステップ3:望ましい姿を聞く

ステップ3は、「望ましい姿を聞く」です。

現状を十分ヒアリングしたら、次は「望ましい姿」を聞きます。基本形はこの質問から始めます。

  • 「望ましい状態は?」

同じ意味なら、「では、理想的な状態は?」でもいいでしょうし、もう少し軽い感じで「どのようになったらいいなとお思いですか?」「もしも何でも叶うとしたら、ベストな状態は?」など、何でもかまいません。

この後は、ステップ2の「現状を聞く」と同じです。5W1Hや五感に関する質問をし、具体的にします。例えば……

  • それはいつ、叶っていたらいいと思う?
  • どこで起こっている?
  • そこには、誰が関係している?
  • 何が、どうなっているの?
  • なぜ、それが叶うことが大切なの?
  • それが叶ったら、どのようになっている?
  • その時の具体的なシーンは?
  • その時、周りからはどんな声が聞こえそう?
  • それが叶ったら、どんな感じがすると思う?それは、体のどのあたりで?

のように、望ましい姿を細かく細分化し、状況を具体的にしていくイメージです。質問文で覚えるよりも、「5W1H」や「五感」など、ヒアリングする端的なキーワードなら簡単に覚えられるでしょう。

聞きだした内容は、チャートの左上に記入しましょう。

ステップ4:現状と望ましい姿のギャップを聞く

ステップ4は、「現状と望ましい姿のギャップを聞く」です。

「現状」と「望ましい姿」が分かると、必然的にその間にギャップが生まれます。「現状」と「望ましい姿」のギャップが埋まれば、望ましい姿に近づきます。

そこで、埋めていくためには何が必要かを聞きます。基本形はこの質問から始めます。

  • 「現状と望ましい姿には、どんなギャップがあるの?」

現状と望ましい姿を確認する際には、「数値化」を使うと便利です。「数値化」とは、望ましい姿が10としたときに、現状、何割ぐらいできているかを確認する方法です。

  • 「望ましい姿が10だとしたら、現状はどれぐらい?」

このように、数値化することによって、「何ができていて、何ができていないのか」に意識を向けることができます。望ましい姿に対する現状のレベルをメモリで表すのもいいでしょう。

聞きだした内容は、チャートの右中央に記入しましょう。

ステップ5:最初の一歩を聞く

ステップ5は、「最初の一歩を聞く」です。

「現実」と「望ましい姿」の間のギャップを埋めるためには、行動が必要です。そこで、何から始めるか、最初の一歩を聞きましょう。基本形はこの質問から始めます。

  • 「何から始める?」

大きすぎる目標は行動しにくいため、最初の一歩を踏み出すためには、大きな努力なしにできる小さな行動にするのがポイントです。そこで……

  • 「無理なく始められそうなことで、できそうなことはありますか?」
  • 「あまり努力することなしにできることがあるとしたら、何ができそうですか?」

ステップ4で数値化を使っていたら……

  1. 「(現状が「3」と言うなら)3を4に上げるためには、何かできそうなことはありますか?」

聞きだした内容は、チャートに記入していきます。

ここまでが、チャートコーチングの全体像です。

チャートコーチングの全体像

一般的に、コーチングの大きな流れは次のようになっています(詳しくは、コーチングスキルのアップに必須「会話の流れ」の重要性も併せてご覧ください)。

  1. 場のセッティング
  2. 現状把握
  3. 望ましい姿の明確化
  4. ギャップ分析
  5. ギャップを埋める行動の明確化

この流れを一枚の紙に書き込めるようにしたのが、本チャートです。流れをつかみ、話した内容をメモしていく役割を果たすものなので、きれいに書く必要はありません。手書きで十分です。

また、話を聞きながらメモを取るのは時間が掛かります。この説明では内容を分かりやすくするために、チャート内のコメントを文章で書いてありますが、実際にメモする場合はササッとキーワードだけ書くようにすると、メモをとる時間を短縮でき、相手の話に意識を向けておくことができるでしょう。

ヒアリングする際のポイント

コーチングは「気づきを促す質問型のコミュニケーション」といわれることが多いため、つい、質問ばかりに意識が向いたり、無理に「気付かせよう」としたりしてしまいがちです。その結果、相手には、「質問攻めにされる」「しつこい」「直接言ってくれた方がいい」「誘導されている感じがする」という印象を与えてしまいます。

コーチングでは、「あっ、そうか!」のように、頭の中にあることを言葉にするときに起こる「自然な気づき」が大切です。そのため、責め立てたり、無理に「気付かせよう」としたりする必要はありません。「これってどうなの?」と相手に興味を持ちながらヒアリングし、情報を共有するぐらいの気持ちで関わるといいでしょう。

まず、自分で「セルフコーチング」してみよう!

もし、仕事の中で解決したい課題があったら、まずは、この流れを使って、ご自身で紙にチャートを書き出しながら考えてみてください。この流れに沿って、頭の中にあることを紙に書き出すだけでも、頭が整理されることに気付かれるでしょう。

また、コーチングスキルを身に着けるためには、相手と会話をしながら練習するのが一般的です。けれども、「練習相手になってくれる?」というのは難しいのが実際でしょう。

そこで、この流れを意識しながらご自身に問いかけ、自分の中から答えを見いだしていくことによって、コーチングの流れが分かるようになるので、自然とコーチングスキルを身に着けることができ、スムーズなコーチングができるようになるでしょう。

まとめ

職場で実践しやすいチャートを使ったコーチングの方法についてご紹介しました。

コーチングが上手くできるようになるためには、相応のトレーニングが必要でした。けれども、プロになるわけではないので、職場でのコーチングはできるだけ簡単で、シンプルにできることが大切だと考えています。チャートに書き込みながら行っていくと、ステップ・バイ・ステップで考えていくことができるので、ぜひ、職場で実践してみてください。

また、職場で実践しやすいように、流れと質問のポイントを示したワークシートを作りました。PDFファイルです。

こちらから自由にダウンロードしてご活用ください。

投稿者プロフィール

竹内義晴
竹内義晴NPO法人しごとのみらい理事長
1971年生まれ。新潟県妙高市出身。自動車会社勤務、プログラマーを経て、現在はNPO法人しごとのみらいを運営しながら、東京のIT企業サイボウズ株式会社でも働く複業家。「複業」「多拠点労働」「テレワーク」を実践している。専門は「コミュニケーション」と「チームワーク」。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。しごとのみらいでは「もっと『楽しく!』しごとをしよう」をテーマに、職場の人間関係やストレスを改善し、企業の生産性と労働者の幸福感を高めるための企業研修や講演、個人相談を行っている。サイボウズではチームワークあふれる会社を創るためのメソッド開発を行うほか、企業広報やブランディングに携わっている。趣味は仕事とドライブ。

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