ビジネスシーンにおけるコーチングの功罪――1on1ミーティングのほうが会社で実践しやすいのではないか

しごとのみらいの竹内義晴です。
私が「コーチング」という言葉を知ったのは2005~2006年ごろです。ストレスフルな会社ではたらいていた私は、「どうすれば、はたらきやすい職場にできるのだろう?」「どうすれば、メンバーが楽しくはたらけるようになるのだろう」と、いろんな情報を調べていました。
どんな経緯でたどり着いたのか、詳しい記憶は定かではありませんが、組織作りや人材育成のことをインターネットや本で調べているときに「コーチング」という言葉に出会ったのではないかと思います。それから、なぜか「コーチング」という言葉を多く見かける時期があり、「どうやら、ここに解決策がありそうだ」と思ったのです。
その後、1年かけてコーチングの資格を取り、職場で実践。メンバーの変化を感じる中で、「人の成長を支援するのも面白いじゃないか」と思うようになり、コーチとして起業。現在に至っています。
それから、10年以上の歳月を経て、さまざまな実践を重ねるなか、「コーチングって何なのだろう?」と、ふと考えます。
私は今、たしかにコーチングをしています。けれども、「コーチングを広めたいか」というと、そのようにはあまり思っていません。むしろ、「コーチングって、ちょっと違うんだよな」と思うことも、少なくありません。
なぜ、コーチングを学び、実践してきた(あるいは、実践している)私が、「ちょっと違うんだよな」と感じるのか……それは、コーチングにはメリットもある一方で、デメリットもあると、思っているからなのかもしれません。
そこで、この記事では、ビジネスシーンにおけるコーチングの功罪と、「これからの時代に、ビジネスシーンで必要なコミュニケーション」について、みていきたいと思います。
「コーチングって、ちょっと違うんだよな」と思う理由
さて、なぜ、私が「コーチングって、ちょっと違うんだよな」と思うのか……その理由はいくつかあるのですが、たった一言で要約すれば「難しい」に尽きます。
コーチングには、「信頼関係(ラポール)を築く」「観察する」「傾聴する」「質問する」など、さまざまなスキルがあります。さらに、コーチングをスムーズに行うためには「会話の流れ」や「フィードバック」など、さらに高度なコミュニケーションスキルが必要です。
もちろん、プロとして活動するなら、これらのスキルを身に着けるのはとても大切なことではあるのですが、プロではないビジネスパーソンが身に着けるには、スキルがいろいろあり過ぎて、とても難しいのです。
ましてや、会社で行われる研修は長くても1~2日程度です。その中で、実務で使えるレベルにまでコーチングのスキルを高めるのはとても難しい。その結果、「研修を受けても使えない」ものになっているのではないかと思っています。
スキルに偏りすぎる問題
また、コーチングを学んだことがある人がよく陥る問題に、「スキルに偏りすぎる問題」があります。
たとえば、コーチングでは「質問」の重要性がよく言われます。「問いかけることで、相手の思考が始まる」「思考によって、自分なりの答えを出す」「自分なりに出した答えだから、行動につながりやすい」「だから、質問が大事なのだ」と。
そのため、本来なら、アドバイスしたほうが相手にとっては有意義かもしれないのに、質問に偏りすぎて、「あなたの理想はなんですか?」「今できることはなんですか?」「何から始めますか?」のように急ぎ早に質問してしまい、つい、尋問のようになってしまいがちです。
また、業務経験が少ない人は、「どうすればいいか」という明確な答えを持っているとは限りません。そのような場合に、「この問題を解決するためには、どうしたらいいと思う?」と質問されても困ってしまいます。「それが分かれば、苦労しないよ」と。
さらに、「相手に気づきを与えよう。自分で考えさせよう」と思うがゆえに、ややもすると、「この仕事を今、しないとどうなると思う?」のように、誘導的になってしまうことも少なくありません。
逆に、「傾聴」ばかりに意識が向いてしまうと、「なるほど、〇〇なのですね」ように、オウム返しの連続になってしまいます。話をしている側からすると、なんとなく「親身に聞いてもらっている感じ」がせずに、「なーんか、違うんだよな」という感じになってしまいがちです。
会社でコーチングを実践しようとしたとき、このようになってしまうのは、「身に着けるべきスキルがたくさんありすぎて、難しい」ことが、最も大きな問題なのではないかと思っています。
ネガティブな案件に対応できない問題
また、コーチングは基本的に、「ポジティブな案件」に対して行います。相手に、何かしらの理想や目標がある。それに対して、そうなっていない現状がある。そのギャップを明らかにして、今、できる小さな行動を見つける。そして、やってみる。
小さな行動をするからこそギャップが縮まり、少しずつ、理想に近づいていくのです。
けれども、そのプロセスは、前向きな状況ばかりではありません。時には、うまく行かなくてネガティブな気持ちになったり、予想もしないトラブルに巻き込まれたりすることもあります。
それにも関わらず、「いいですね」「それも、成功のためのプロセスです」と、前向きにリードされるだけでは、疲れてしまいます。
ましてや、ビジネスパーソンの中には、「自分は楽しくはたらきたいけれど、上司が威圧的」「ノルマがきつくてツライ」のように、ストレスを抱えている人や、メンタル的に落ちている人も少なくありません。
それにも関わらず、前向きなテーマだけしか扱えず、「ネガティブな問題はカウンセラーにお願いしてください」では、本当の意味での「コーチ」とは、言えないのではないかと思うのです。
でも、「コミュニケーションスキル」は必要
一方で、はたらきやすい会社を創る上で「コミュニケーションスキルは必要ない」とは思っていません。むしろ、コミュニケーションスキルはとても重要です。なぜなら、ビジネスの根底にあるのは、人と人との営み。つまり、コミュニケーションだからです。
どんなにすばらしい制度やシステム、ツールを導入しても、そこに、良質なコミュニケーションがなければ、それらは円滑に回りません。
心理的に安全で、良質なコミュニケーションがある。本音でざっくばらんな会話ができる。だからこそ、制度やシステム、ツールがうまく回って、良質な結果が生まれるのです。ビジネスの質は、コミュニケーションの質に比例するといっても、過言ではありません。
コミュニケーションは本来、それだけ重要な役割を担っているのです。
比較的実践しやすいのが「1on1ミーティング」
会社の、さまざまな制度やツールがうまく機能し、社員一人ひとりが前向きな気持ちではたらく上で、どのようなコミュニケーションスキルが必要なのでしょうか。私の意見では、「高度で、使いにくいもの」よりも、「シンプルで、誰もが現場で実践しやすい方法」があると、いいのではないかと考えています。
私が比較的、実践しやすいと思っているのが、「1on1ミーティング」です。
1on1ミーティングとは、「リーダーとメンバーが1対1で、30分話す」というものです。
だからといって、「スキルは全く必要ない」わけではありません。それでも、あまり難しいことを考えずに、「1対1で30分、定期的にメンバーの話を聞く」という時間を作るだけでも、コミュニケーションの量が増えます。
また、スキルを身に着けるにしても、最初のころは「聞く側にまわる」だけでよく、それほど、高度なスキルは必要ありません。実際、ある企業で行ったセミナーでは、簡単な講演とワークショップを90分行っただけにも関わらず、「とても効果的だった」という、うれしい声が届いています。
さらに継続的な関わりの中で、「質問のスキル」や「相手を前向きにリードするスキル」、「会話の流れを作るスキル」などを徐々に身に着けていくことによって、次第に「メンバーの成長を支援する」1on1ミーティングへと、昇華させていくこともできます。
その「成長感」が、チームビルディングの楽しさの一つではないかと思います。
会社で実践しやすいコミュニケーションスキルを
誤解のないようにお伝えしておきますが、コーチングは非常に優れたスキルで、メンバーの成長を支援する上で、不可欠です。しかしながら、とても難しいのもまた、事実です。
私たちビジネスパーソンは実務で忙しい。その中で、プロが使うようなコミュニケーションスキルを身に着けるのは、ことのほか難しい。それならば、比較的簡単なところから始めることも大切だと思いますし、その方が、職場で実践しやすいです。
高級スポーツカーが最大限の性能を発揮できるのはサーキットです。そのスポーツカーを一般道で走らせても、性能を十分発揮することはできません。高度なコーチングスキルも大切かもしれませんが、それよりも、1on1ミーティングのような、すぐに実践しやすいところから始めたほうが、会社では効果を実感しやすいのではないかと思います。
投稿者プロフィール

- NPO法人しごとのみらい理事長
- 1971年生まれ。新潟県妙高市出身。自動車会社勤務、プログラマーを経て、現在はNPO法人しごとのみらいを運営しながら、東京のIT企業サイボウズ株式会社でも働く複業家。「複業」「多拠点労働」「テレワーク」を実践している。専門は「コミュニケーション」と「チームワーク」。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。しごとのみらいでは「もっと『楽しく!』しごとをしよう」をテーマに、職場の人間関係やストレスを改善し、企業の生産性と労働者の幸福感を高めるための企業研修や講演、個人相談を行っている。サイボウズではチームワークあふれる会社を創るためのメソッド開発を行うほか、企業広報やブランディングに携わっている。趣味は仕事とドライブ。
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