「人的資本経営?」経営層の 無茶振りと現場の板挟み

しごとのみらいの竹内義晴です。

正しいけれど、しっくりこない世界

「ウェルビーイング」「ダイバーシティ」「リスキリング」「エンゲージメント」「心理的安全」「パーパス経営」……。

いま、人事領域では、かつてないほどキラキラとしたキーワードであふれています。

「ウェルビーイング」は、「社員の幸福が生産性を高める」という考え方。
「ダイバーシティ」は、「多様な社員の個性を尊重しよう」という取り組み。
「リスキリング」は、国も推進する「DX時代に取り残されないための学び直し」。
「エンゲージメント」は、「会社と社員の相思相愛度」を測る指標。
「心理的安全」は、「何を言っても否定されない職場」を目指すもの。
「パーパス経営」は、「企業の存在意義」を定義し、社員の共感を得るという手法。

これらはどれも、本質的には「正しい」ものであり、間違ってはいません。頭の中では、みな「そうだよね」「大事だよね」と思います。私だって、これらが不要だなんて思いません。むしろ、とても大切だと思っています。

経営層が強い決意を持って「わが社の未来のために、これを成し遂げるのだ」と覚悟を決めて取り組んでいるのであれば、これらの取り組みは、きっと素晴らしい挑戦になるでしょう。

しかし、人事の現場ではたらくあなたの本心はどうでしょうか?

このキラキラした言葉たちは、あなたの胸に「しっくり」ときていますか。「これ、本当に大切!」「ぜひ取り組みたい!」と思うでしょうか?

多くの人が抱えているのは、この「頭の中にある理想」と「でも、現実は……」のギャップによって生じるモヤモヤ感です。

理想は分かる。流行り言葉も悪くはない。でも、「これに取り組んだら、きっと会社は変わるはずだ」という実感が伴わないまま、頭の中の理解だけで「これからは人的資本経営ですよね」のように、流行り言葉を使い、他社の事例を参考にして制度をつくり、アンケートの数字だけを追いかける。こうした状況を、私は「キラキラ施策シンドローム」と呼びたいと思います。

現実を表していない「体裁だけのアンケート結果」

例えば、エンゲージメント。会社と社員の相思相愛度を測るというこの指標は、今や多くの企業で導入されています。

しかし、「どうなれば達成か」という確かな理想や目標がないまま、推進しているのが実際のところではないでしょうか。経営に報告するための指標だってそうです。鉛筆をなめるようにして指標を設定する。そして、予算を通しているのが実情でしょう。

効果測定だってそうです。多くの場合、エンゲージメントのような、状況が計りづらいものの測定は、アンケートを用いるのが一般的です。ですが、あなた自身がそうしたアンケートに答える側のときのことを想像してみてください。

「本心を書いて、あとで目をつけられないか?」
「低いスコアをつけたら、上司から面談されるのが面倒だ」

そんな心理が働き、無意識に少し「ゲタをはかせた」回答をしたことはないでしょうか。

人事は、そうして集まった、実態を反映しているかどうかも怪しいデータを眺め、何らかの評価をし、アンケート結果を作成します。そこにあるのは、組織の熱量ではなく、体裁を整えるための事務作業です。この、何のためにやっているのかよくわからない無意味な時間に、あなたの大切なリソースが奪われていく。そこに虚無感を抱いているのではありませんか?

「そろそろいいんじゃない?」という残酷な終焉

虚無感を抱くのは、そうした実務によるものばかりではありません。

かつて、ある企業のダイバーシティ推進担当者から、こんな悲痛な声を聞きました。

数年前、「多様性」や「ダイバーシティ&インクルージョン」といった言葉が流行りました。それを知った、ある会社の経営層は、人事の人たちを集めて「ダイバーシティ推進室の立ち上げ」を指示しました。

ダイバーシティに対して特別な知識や経験がなかった彼らは必死に学び、社内を奔走しました。しかし、現場からは「ダイバーシティって何?」「多様性も大切だけど、業務としてそんなことする必要があるの?」といった声が聞こえてきました。それでも、多様性の重要性を何とか社内に浸透させようと、講師を招き、多様性に関するイベントを開催したこともありました。社員からは「なぜ少数派ばかりひいきするのか。自分たちだって頑張っているのに」「イベントをやっても、現場は変わらないよ」といった逆風もありましたが、それでも「これは大切なことだ」と信じて、泥臭い取り組みを続けてきたのです。

しかし数年後、経営会議で漏れ聞こえてきたのは、耳を疑うような言葉でした。

「そういえば、ダイバーシティって最近どうなってるの?」
「そろそろ、いいんじゃない?」

まるで、流行が去ったかのように、あるいはノルマをこなしたかのように発せられたその一言。その瞬間、ダイバーシティ推進室のメンバーは、次のように思ったそうです。

「私たちは、一体何のために頑張ってきたんだろう?」

彼らが積み上げてきた数年間と、仕事に対するモチベーションは、行き場を失ってしまいました。

悪いのは、「経営層だけ」ではない

誤解しないでほしいのですが、私は経営層を責めたいわけではありません。なぜなら、彼らもまた、会社を永続するために「このままではまずい」「なんとかしないと」と必死だからです。

近年の投資家は、売上や利益といった財務諸表だけでなく、企業の持続可能性を示す「非財務情報」を厳しくチェックします。2023年からは有価証券報告書での人的資本情報の開示も義務化されました。透明性が低ければ投資対象から外される。経営層は、そんな外部からの強烈なプレッシャーにさらされています。

先行きの見えない時代、何が正解かわからない中で、彼らもまた「他社事例」という名の灯台を頼りに、良かれと思って「わが社でも〇〇を取り入れよう」と人事に提案してきます。

経営層は生き残りのために必死で、人事はその指示に応えようと一生懸命です。現場の社員のみなさんだってそうです。日々の業務を守るために必死で仕事をしています。そう、誰も悪くない。

それなのに、それらがうまく噛み合わないまま、深い溝(分断)を生んでいる。それぞれの努力が報われず、疲弊していく。特に、経営層と現場の社員との間にいる人事の心は「虚無感」に襲われていく。この板挟みの構造の中で、本来の「社員の幸せ」や「組織の活力」を高めるために、本来は何が必要なのでしょうか。

人事の仕事をしていたら、誰もが、もっと社員の方を向いて仕事がしたいし、社員が成長する瞬間に立ち会いたいと思っています。そんな純粋な願いを持つあなたが、なぜこれほどまでに疲弊しなければならないのか……。

わたしはこの、会社の外側にある「キラキラした正解」に振り回されることによって生じる「虚無感の無限ループ」が無くなればいいなと思っています。そのために必要なのは、「社内に目を向けること」と、「社員の本音に耳を傾けること」。そのためにも、対話が必要なのです。

投稿者プロフィール

竹内義晴
竹内義晴NPO法人しごとのみらい理事長
1971年生まれ。新潟県妙高市出身。自動車会社勤務、プログラマーを経て、現在はNPO法人しごとのみらいを運営しながら、東京のIT企業サイボウズ株式会社でも働く複業家。「複業」「多拠点労働」「テレワーク」を実践している。専門は「コミュニケーション」と「チームワーク」。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。しごとのみらいでは「もっと『楽しく!』しごとをしよう」をテーマに、職場の人間関係やストレスを改善し、企業の生産性と労働者の幸福感を高めるための企業研修や講演、個人相談を行っている。サイボウズではチームワークあふれる会社を創るためのメソッド開発を行うほか、企業広報やブランディングに携わっている。趣味は仕事とドライブ。

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