「総合的な学習の時間」指導案―夢と現実をつなぐキャリア教育
現代は、社会や情報の変化がとても早い時代です。大人に限らず、子どもたちにも、状況に合わせて自ら考え、判断し、行動することによって問題を解決していく力が求められています。そのため、小中学校など学習指導要領が適用される全ての学校では、「総合的な学習の時間」が設けられています。
文科省の「総合的な学習の時間」のサイトによれば……
総合的な学習の時間は、変化の激しい社会に対応して、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てることなどをねらいとすることから、思考力・判断力・表現力等が求められる「知識基盤社会」の時代においてますます重要な役割を果たすものである。
この目的には、多いに賛同するところです。この目的を果たすために、各学校では地域の「昔と今」を比較したり、地域の人に講師を依頼し米や野菜を栽培したり、地域探検をしたりするなど、社会との接点を持つ活動がよく行われているようです。
一方、総合的な学習の時間の目的は理解できるものの、指導案を作成するにあたり、「何をしたらいいの?」と頭を悩ませていらっしゃる先生方も多いのではないでしょうか。目的が抽象的なだけに、具体的な成果を見出しにくい実情もあるかもしれません。
ひょっとしたら、新しい指導案を立てたくても多忙で準備時間が取れなかったり、児童や生徒に基本的な知識がなく、現状を変えられなかったりする場合もあるでしょう。その結果、授業の内容がマンネリ化している実情もあるかもしれません。
小学校高学年から中学校、高校時代は、夢を抱きながらも現実が見えてくる中で、将来を考え、子どもから大人へと成長していく大切な時期です。一方、すでにやりたいことが見つかっている子、夢があってもあきらめかけている子、そもそもそれすら分からない子など、いろんな子どもがいるでしょう。
そこで、本記事では、2016年1月に、新潟市内の「総合的な学習の時間」を専門とする小学校の先生方を対象に開催された講演「現実と夢をつなぐ子どもたちのキャリア形成」の内容をご紹介し、指導案を作成する際のテーマの参考をしていただきたく、掲載するものです。
「現実と夢をつなぐ子どもたちのキャリア形成」講演内容
講演のテーマは、「現実と夢をつなぐ子どもたちのキャリア形成」です。
「夢」は私たちに前向きな気持ちと行動力を与えてくれます。「現実」は、与えられた環境の中で堅実に生きる力を与えてくれます。しかし、一般的に「夢」と「現実」は対極にある存在です。
もし、「夢」と「現実」の間をうまくつなげるキャリア教育を行うことができれば、子供たちが置かれている現実を踏まえつつ、将来に夢や希望を抱きながら大人へのプロセスを歩むことができるのではないでしょうか。
そこで、講演のテーマは大きく分けて、
- 夢と現実―子供たちの夢をどう応援し、現実感を養うか
- 好きと仕事―「好きなこと」と「好きな要素」の違い
- 「今」の環境で輝く「強み」の引き出し方
について扱いました。
夢と現実―子供たちの夢をどう応援し、現実感を養うか
幼少期、多くの子どもたちが「○○になりたい」と夢を抱きます。
例えば、野球が好きな子はプロ野球選手、サッカーに一生懸命打ち込んでいる子はプロのサッカー選手。プラモデルが好きな子はおもちゃ屋さん、音楽が好きな子は歌手や演奏家、絵を描くのが好きな子は絵描き屋さん、お菓子が好きな子はケーキ屋さんと、その夢や発想は自由です。
しかし、年齢を重ねてくると、それが難しいことに気づき始めます。
例えば、プロ野球選手になれるのは、サッカー選手になれるのは、歌手になれるのは、画家になれるのは選ばれたほんの一握りだけです。それに比べると、おもちゃ屋さんやケーキ屋さんは現実的かもしれませんが、どれだけの子どもが、実際にその夢を叶えているでしょうか。
夢を叶えられなかった子たちは努力が足りなかったのでしょうか。違います。どの子も一生懸命でした。「枠に入れなかった」だけです。その結果、夢から現実へと意識を向けるようになります。
けれども、夢と現実には大きなギャップがあり、向いているベクトルも逆方向です。しかたがないので、どちらを選ぶか天秤にかけ、「夢を叶えたい。でも、叶わない。だから、現実を選ぶ」という二者択一の中で、将来への期待・希望を抱けぬまま、「あの、お金のために働く仕事――つまり、やりたくない現実――」を選択せざるを得ません。
それでは、少し寂しいような気がします。
さまざまな可能性を秘めた子どもたちに、夢と希望を抱きながら未来へと羽ばたかせる役割を担っている私たち。せっかくなら、未来への可能性を伝えてあげたい。そこで、夢と現実のギャップを埋め、逆向きに向いているベクトルを合わせられたらいいのに。そして……
「どんな環境でも、どんな経済状態でも、あなたにはすばらしい可能性があるよ。あなたの強みを生かしていけば、自分らしく、楽しく生きることができるよ。その先には、新しい未来が待っているよ!」
そんな将来への希望を、子どもたちに抱かせてあげたいと思うのです。そのためには、どうすればいいのでしょうか。
「好き」を仕事に生かす―「好きなこと」と「好きな要素」の違い
筆者は以前、仕事を楽しそうにしている人たちをインタビューして回ったことがあります。
業種も、年齢も、性別も、全く異なる人たちでしたが、いろんな人たちの話を聞くことで、「仕事を楽しんでいる人たちには、ある、共通点がある」ことに気が付きました。その共通点とは、「好きなこと」から、「好きな要素」を見つけて、仕事に生かしていることです。
「好きな要素」とは、「好きなこと」の中にある、自分が「楽しい」「面白い」「ワクワクする」と感じている何か、反応している何かです。
例えば、拙著『「じぶん設計図」で人生を思いのままにデザインする』では、大分県で介護施設を経営している、みくにグループ代表取締役社長の坂本和徳さんを紹介しています。
坂本さんは、街づくりをしていくシュミレーションゲームが好きなのだそうです。
「シュミレーションゲームの何が好きなの?」と聞くと、「最初は建物も、お金も、何もないところからいろいろと工夫して、街を作り上げていくのが面白い」と言います。
「それって、経営そのものだね」と言ったら、「そうだね」と言うので、「ところで、何かを作り上げるのはいつから好きなの?」と聞くと、子供時代から好きなのだそうです。
なんでも、坂本さんのお父さんは、工務店の仕事をされていたそうです。小学生のころ、お父さんは坂本さんのためにいろんなものを木から作ってくれたそう。
「図面のないものを頭の中で想像して、それを作り上げていく楽しさはお父さんから教わった気がする」と言っていました。
このように、坂本さんは「図面のないものを頭の中で想像して、作り上げる」ことが好きなのだそうです。これは、ゲームでも、経営でも共通しています。言い方を変えれば、何かしらの、「図面のないものを頭の中で想像して、作り上げる」ことがあれば、直接的に「好きなこと(夢)」でなくても、「好きな要素」を生かしながら、楽しく仕事ができる可能性があるということです。
実は、筆者も「好きな要素」を生かしながら、楽しく仕事をしている1人です。
筆者は、自動車会社、コンピューター会社を経て独立。現在は、ビジネスパーソンのコミュニケーショントレーニングやコーチング、カウンセリング、講演や研修、執筆活動などを行っています。これだけ見ると、仕事自体には何の関係性もありません。
しかし、車の仕事、コンピューターの仕事、講演の仕事を細かい要素に分解し、共通点を探してみると……
「組み立てる」「動かないものを動かす」「自分で考える(クリエイティビティ)」「オリジナリティ」などの共通要素があることが分かりました。
仕事自体は、直接的に関係していませんが、どの仕事にも「好きな要素」が含まれているので、筆者は仕事を楽しく感じることができるのです。
将来、ひょっとしたら現在と違う仕事をすることになるかもしれませんが、筆者は自分が好きと感じる要素を知っているので、これらの要素を見出すことができれば、どんな仕事でも楽しくできることを知っていますし、仕事を楽しくできる自信を持っています。
もちろん、仕事をしていれば、大変なことも、思い通りにならないこともあります。けれども、さまざまな問題点も、「好きな要素」を生かすことができればきっと解決できることを、感覚的に知っています。
このような感覚を、小学、中学、高校ぐらいの若い時代に持っていれば、将来の見え方が、ずいぶん違うのではないかと考えます。
「今」の環境で輝く「強み」の引き出し方
では、具体的にはどのように、「好きなこと」から「好きな要素」を見つけ、将来に生かしていくのでしょうか。
「好きなこと」から、「好きな要素」を見つけるためには、今現在、「楽しい」「面白い」「ワクワクする」ことを細かく分解し、「好き」の共通点を探します。この方法を「じぶん設計図」と呼んでいます。
「じぶん設計図」については、@IT自分戦略研究所に寄稿した自分の強みを見つける問い「プログラムの何が好き?」をお読みいただくと、概略がお分かりいただけるでしょう。また、拙著『「じぶん設計図」で人生を思いのままにデザインする』もご覧いただくと、詳しくご理解いただけます。
一枚の紙に、絵を描くようにチャートに表現する方法であるため、小学校高学年以上なら、十分じぶん分析をすることができます。
例えば、「好きなこと」が野球の場合、人によってさまざまな「好き」があるはずです、
それは、正確にピッチングすることかもしれませんし、仲間とプレーする一体感かもしれません。試合を綿密に組み立てることかもしれませんし、さよなら満塁ホームランのような、ドラマティックな展開かもしれません。
プロ野球選手になるのは難しくても、野球の中で感じていた「好きな要素」が何なのかが分かれば、それを仕事に生かすことができるでしょう。
仕事だけではありません。いくつかの「好きなこと」から、「好きな要素」を見出すことができれば、今、子どもたちがまさに体験している勉強や工作、キャリア形成などに生かすこともできます。
子どもたちが今現在描いている夢を育てていくことは、とても大切なことです。一方、成長していくプロセスの中で、「好きなこと(夢)」が、何らかの事情で叶わないことを知る日が、来るかもしれません。けれども……
- もし、自分が何に「好き」と感じるのかを知り、それを、他のことや仕事に生かすことができることを知っていれば……
- もし、「好きな要素」を生かせば、今いる環境の中で強みを生かしながら、輝けることを知っていれば……
将来に希望が持てるのではないでしょうか。
中学校でのキャリア教育での実例
以前、中学校のキャリア教育で、このお話をしたところ、生徒さんから次のような声が挙がっていました。
- 「今まで、将来自分は何をしたいのかよくわからず”これがきっと好き”という目標だけをもっていました。しかし、今日、本当に”好き”なものがわかりました」
- 「今日の講演で自分の人生について考えやすくなりました。自分の好きなことを細かいところまで考えたので、好きなものの中に共通なものを探すことができ、未来の目標が見えてきました」
- 「今まで、自分の好きなことは結構ばらつきがあって、自分でもギャップがあるなぁと感じることがよくありました。けれど、今改めて細かく分解して考えてみたら、意外なところで結びついた共通点を発見することができました。その共通点を大事にして、今後の人生を自分の手で造っていきたいです。」
「好きな要素」を未来に生かす
「好きな要素」は強みになります。強みは、未来に生かすことができます。
強みについて、筆者は4つに分類しています。
他の人と比較することによって、その状態が分かるもの
- センス ― 生まれ持った才能
- スキル ― 学習や経験によって後から身に付けた能力
他の人と比較しなくても、自分で知っているもの
- 好き ― 生まれ持った才能
- 得意 ― 後から身に付けた能力
子どもたちが国語や算数などの学習によって一生懸命身に着けている知識は「スキル」です。点数や順位を他の子どもと比較することによって、強みを知ることができます。
一方、「好き」は生まれ持っています。やっていると「楽しい」「うれしい」「面白い」など、感覚的に分かるので、外の人と比較する必要はありません。
「好き」を意識しだすと、次のような上昇スパイラルが始まり、「好き」は「得意」になり「強み」になります。
- 「好き」は単純に楽しいので、自然とやりたくなります。
- やりたくなるから、自然と繰り返します。
- 繰り返すから、自然と得意になります。
- 得意になるから、強みになります。
- 強みになると、ますます好きになります。
- 「好き」は、やっぱり楽しい。
すると、苦手なことを無理に努力しなくても、自然と強みを生かすことになり、それぞれの子どもたちが持っている才能を、自然と伸ばすことになるのではないでしょうか。
そうすれば、変化の激しい社会に対応して、強み生かして自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てることができるのではないかと考えます。それは、子どもたちの軸となるため、基礎的で、あらゆるシーンで応用がきく、汎用的な能力だと言えるでしょう。
夢を抱くことは、とてもすばらしいことです。そして、夢を叶える努力も。
けれども、夢は叶わないこともあるかもしれません。
しかし、夢は叶わなくても、好きなことの中にある「楽しい」「面白い」「ワクワクする」と感じる「好きな要素」は、いつでもどこでも生かすことができます。
また、「好き」という感覚は、学習によって身に着けるものではありません。努力によって習得するものでもありません。自然と、「楽しい」「面白い」「ワクワクする」と感じるものです。それは、最初から、それぞれの子どもたちに備わっている才能だと思います。言い換えれば、使命(果たすべき役割)です。私たちはその使命を果たすために、生まれてきたのではないでしょうか。
その、「好き」という感覚は、ほんの些細なものかもしれません。けれども、「好き」を大切にすれば、どんな環境に置かれても、どんな問題を抱えても、子どもたちの未来は、思い通りにデザインできるのではないかと思います。
まとめ
抜粋ではございますが、新潟市内の「総合的な学習の時間」を専門とする小学校の先生方を対象に開催された講演「現実と夢をつなぐ子どもたちのキャリア形成」の内容をご紹介いたしました。
先生は、多様な子供たちを指導する大変な仕事だと思います。筆者はビジネスパーソンを対象としておりますので、子どもたちのキャリア教育について、先生方のように専門的な知見を持ち合わせているわけではございません。
けれども、大人にも、「何が強みなのか分からない」「何をしたいのか分からない」人は多く、お金のため、仕事のため、今の仕事を選んでいる人がたくさんいます。もし、「好きな要素」を見出すことができ、それを仕事に生かすことができたら、仕事は楽しく変えられると思っていますし、拙著『「じぶん設計図」で人生を思いのままにデザインする』でお話を伺った多くの方もそうおっしゃっています。その点は、子どもも大人も変わらないのではないかと思います。
子どもたちが「好き」を見出し、勉強や将来の仕事に生かすためには、まずは先生方ご自身が、日常「好き」と感じるものが何かなのかを知り、先生という天職を楽しく働くことが、何よりも大切なのではないかと考えます。なぜなら、その姿を子どもたちが見ているからです。そして、その体験をぜひ、子どもたちに伝えてあげてください。
最後に、本講演を企画された、新潟市立大形小学校の佐藤裕基先生は、次のようにおっしゃっています。
あの日から何人かの部員に感想を聞いたのですが、聞く人聞く人から今までの講演で一番良かったという回答を聞くことができました。
通常の講演は、聞いた後に課題をもらった気持ちになるのですが、竹内さんの講演は、部長も話していた通り、自分自身に優しくなれるような気持ちになります。そして、お話を人に伝えたくなります。
この伝えたくなるというのは、教師のモチベーションを高める上でとても大切な要素です。周りの教職員や子どもたちに話したいということが、そのまま授業の構想に生きるからです。
そのように考えても、この度のご講演は、市小研総合学習部にとっても、個々の先生方のプライベートな仕事観の見直しという点においても、大きなものとなったと思います。
この記事が、次の「総合的な学習の時間」の指導案を作成する一助となりますように。また、子どもたちに加え、先生方の仕事観をご一考いただく機会になれば幸いです。
投稿者プロフィール
- 1971年生まれ。新潟県妙高市出身。自動車会社勤務、プログラマーを経て、現在はNPO法人しごとのみらいを運営しながら、東京のIT企業サイボウズ株式会社でも働く複業家。「複業」「多拠点労働」「テレワーク」を実践している。専門は「コミュニケーション」と「チームワーク」。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。しごとのみらいでは「もっと『楽しく!』しごとをしよう」をテーマに、職場の人間関係やストレスを改善し、企業の生産性と労働者の幸福感を高めるための企業研修や講演、個人相談を行っている。サイボウズではチームワークあふれる会社を創るためのメソッド開発を行うほか、企業広報やブランディングに携わっている。趣味は仕事とドライブ。
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