職場のメンタルヘルス対策の指針と「4つのケア」

はじめに

職場におけるメンタルヘルス対策が厚生労働省により進められています。2015年12月1日、メンタルヘルス対策の充実・強化などを目的として、従業員数50人以上の事業場にストレスチェックの実施を義務付ける法律(ストレスチェック義務化)が施行されました。

ストレスチェック義務化は、会社の制度にも関わる内容です。人事や労務などの仕事に関わっていれば、何をすべきなのかが分かるのかもかもしれませんが、管理職の方が、職場でできることを考えたとき、具体的に何を、どのようにすればいいのかは、よく分からないというのが、実情ではないでしょうか。

また、ストレスチェック義務化は、従業員が50人以上の企業とされています。総務省の統計データ平成18年事業所・企業統計調査 結果の概要 I-4 従業者規模別によれば、50人以上の事業所は、全事業所数の中で2.6%、そこで働く労働者数は全労働人口の38%です。言い方を変えると、97.4%の企業、62%の労働者は対象になっていません。

とはいえ、職場のメンタルヘルス対策の必要性は、誰もが認めるところでしょう。そこで、本記事では、メンタルヘルス対策の全体像を把握しながら、職場ですぐにできる具体的な対策を探ります。

メンタルヘルス対策の「全体像」

職場におけるメンタルヘルス対策の指針について、独立行政法人労働者健康福祉機構が、職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~としてまとめています。

この指針では、メンタルヘルスの基本的な考え方を、次のように定めています。

事業者は、自らが事業場におけるメンタルヘルスケアを積極的に推進することを表明するとともに、衛生委員会等において十分調査審議を行い、「心の健康づくり計画」 を策定する必要があります。また、その実施に当たっては 「4 つのケア」が継続的かつ計画的に行われるよう関係者に対する教育研修・情報提供を行い、「4つのケア」を効果的に推進し、職場環境等の改善、メンタルヘルス不調への対応、休業者の職場復帰のための支援等が円滑に行われるようにする必要があります。

出典:職場における心の健康づくり |独立行政法人労働者健康福祉機構

ここからは、本資料を抜粋しながら、「4つのケア」をまとめます。

「4つのケア」とは?

「4つのケア」とは、具体的には次の4つです。

  1. セルフケア
  2. ラインによるケア
  3. 事業場内産業保健スタッフなどによるケア
  4. 事業場外資源によるケア

セルフケア

セルフケアとは「労働者自身によるケア」です。とはいえ、「あなたができる範囲でやってください」ではなく、「労働者がセルフケアを行えるように支援する」ことが事業者に求められています。

具体的には、次のような内容です。

  • ストレスやメンタルヘルスに対する正しい理解
  • ストレスへの気づき
  • ストレスへの対処

ラインによるケア

ラインによるケアとは、「職場の管理監督者による支援」です。「職場における心の健康づくり」という意味合いでは、このあたりが職場でできる具体的な対策になるのでしょうね。

具体的には、次のような内容です。

  • 職場環境などの把握と改善
  • 労働者からの相談対応
  • 職場復帰における支援 など

事業場内産業保健スタッフなどによるケア

事業場内産業保健スタッフなどによるケアとは、産業医や衛生管理者、保健師、人事・労務担当者、事業場内メンタルヘルス推進担当者などが、セルフケアおよびラインによるケアが効果的に行えるように支援することです。「職場の」というよりは、「会社の」という位置づけですね。

具体的には、次のような内容です。

  • 具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案
  • 個人の健康情報の取扱い
  • 事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口
  • 職場復帰における支援、など

事業場外資源によるケア

事業場外資源によるケアとは、事業場外にあるリソースを活用して、自社のメンタルヘルス対策を効果的にするための支援です。

具体的には、次のような内容です。

  • 情報提供や助言を受けるなど、サービスの活用
  • ネットワークの形成
  • 職場復帰における支援、など

職場で身近にできるメンタルヘルスケア

「4つのケア」をあらためて見てみると、その対象が「個人」→「職場」→「会社」→「会社外」のように、広がっていくことに気付かれるでしょう。

mental-4-care

もちろん、全ての対策ができるのがベストなのかもしれませんが、最初から事業場外資源によるケアを考えるのは難しいことなのかもしれません。特に、小さい企業規模の場合、専任者を置くこと自体が難しいでしょうし、できることに限りがあるでしょう。

そこで、「職場のメンタルヘルス対策」という観点では、まずは、「セルフケア」と「ラインによるケア」のような、身近なところから対応していくのがいいのではないかと考えます。

「4つのケア」の具体的な進め方

「4つのケア」を具体的に進めるために、職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~では、次のような取り組みが求められています。

  1. メンタルヘルスケアの教育研修・情報提供
  2. 職場環境などの把握と改善
  3. メンタルヘルス不調への気づきと対応
  4. 職場復帰における支援

これらの一つひとつについて、職場で何ができるかを具体的に考えてみましょう。

メンタルヘルスケアの教育研修・情報提供

一つ目は、全ての従業員に対する、それぞれの職務に応じた教育研修、情報の提供です。『労働者の心の健康の保持増進のための指針』では、

 事業者は、4つのケアが適切に実施されるよう、以下に掲げるところにより、それぞれの職務に応じ、メンタルヘルスケアの推進に関する教育研修・情報提供を行うよう努めるものとする。この際には、必要に応じて事業場外資源が実施する研修等への参加についても配慮するものとする。
なお、労働者や管理監督者に対する教育研修を円滑に実施するため、事業場内に教育研修担当者を計画的に育成することも有効である。

出典:労働者の心の健康の保持増進のための指針

としています。

ここで大切なのは、実際の現場に合った、具体的な“何か”が得られる研修や情報だと考えます。なぜなら、ストレスを抱えているときに苦しいのは、「頭では分かっている。けれども、できない」ことだからです。

例えば、「労働時間を守りましょう」「適度に休憩を取りましょう」「困ったら相談しましょう」「そのまま放置しておくと精神的疾患につながります」「早めに医療機関を受診しましょう」のような情報は、よく見聞きする内容です。けれども、実際には、困っていても同僚にはなかなか相談できませんし、医療機関に行くのもかなりハードルが高いものです。早く帰りたくても上司に言えず、帰れないときもあるでしょう。

もし、一般的な情報だけなら、「それは分かっているよ。でも、できないから困っているんじゃないか」のように、逆に、従業員の反感をかってしまうかもしれません。

そこで、次のような研修や情報提供をするといいでしょう。

自分たちで考えることによって気づきを得る

「○○になると、□□になるので気を付けましょう」というような情報も大切ですが、本当の学びは気づきによって得られます。

「現状の課題は何か」「このままの状態が続くとどうなるか」「解決するためには何ができるか」をみんなで話し合ったり、これまで困難を乗り越えてきた経験を振り返ったりするなど、内面からの気づきが得られるような研修だと効果的です。

「物事を捉える仕組み」や「思考を変える方法」が分かる

同じ出来事を体験していても、それをネガティブに捉える人もいれば、ポジティブに捉える人もいます。出来事そのものには意味がなく、そこに、意味づけを加えているのは、私たち自身です。ネガティブだと感じた出来事に、ポジティブな意味づけができるようになれば、思考や感情は変化することが期待できます。

このような、「物事を捉える仕組み」や「思考を変える方法」の知識は、捉え方を柔軟にしてくれます。

上司や同僚、部下とのよりよい関わり方が分かる

ストレスを抱える原因の一つに、職場の上司や同僚、部下との人間関係があります。特に、管理職層は部下に仕事の指示を出したり、メンタル的に落ち込んでいる部下と関わったりする機会が多いです。メンタルヘルス不調を未然に防ぎ、働きやすい職場にするためにも、よりよいコミュニケーション方法を学ぶのも効果的です。

職場環境などの把握と改善

二つ目は、職場環境の把握と評価、問題点の改善です。『労働者の心の健康の保持増進のための指針』では、

 労働者の心の健康には、作業環境、作業方法、労働者の心身の疲労の回復を図るための施設及び設備等、職場生活で必要となる施設及び設備等、労働時間、仕事の量と質、セクシュアルハラスメント等職場内のハラスメントを含む職場の人間関係、職場の組織及び人事労務管理体制、職場の文化や風土等の職場環境等が影響を与えるものであり、職場レイアウト、作業方法、コミュニケーション、職場組織の改善などを通じた職場環境等の改善は、労働者の心の健康の保持増進に効果的であるとされている。このため、事業者は、メンタルヘルス不調の未然防止を図る観点から職場環境等の改善に積極的に取り組むものとする。また、事業者は、衛生委員会等における調査審議や策定した心の健康づくり計画を踏まえ、管理監督者や事業場内産業保健スタッフ等に対し、職場環境等の把握と改善の活動を行い

出典:労働者の心の健康の保持増進のための指針

としています。

職場環境を把握、評価するためには、定期的なアンケートやヒアリングなどの方法がありますが、そもそも、「本音をいってもいい関係」がなければ形骸化してしまいがちです。

そこで、定期的なアンケートやヒアリングを効果的にするためにも、まずは従業員との良好な関係を築くことからはじめましょう。そのためにも、管理職のコミュニケーション研修などを実施するといいでしょう。同僚との日々の会話の中に、改善すべき職場環境のヒントがあるはずです。

メンタルヘルス不調への気づきと対応

三つ目は、メンタルヘルス不調への気づきと対応です。『労働者の心の健康の保持増進のための指針』では、

 メンタルヘルスケアにおいては、ストレス要因の除去又は軽減や労働者のストレス対処などの予防策が重要であるが、これらの措置を実施したにもかかわらず、万一、メンタルヘルス不調に陥る労働者が発生した場合は、その早期発見と適切な対応を図る必要がある。
このため、事業者は、個人情報の保護に十分留意しつつ、労働者、管理監督者、家族等からの相談に対して適切に対応できる体制を整備するものとする。さらに、相談等により把握した情報を基に、労働者に対して必要な配慮を行うこと、必要に応じて産業医や事業場外の医療機関につないでいくことができるネットワークを整備するよう努めるものとする。

出典:労働者の心の健康の保持増進のための指針

としています。

そのためには、「労働者による自発的な相談ができる環境づくり」や「セルフチェックの体制づくり」「管理監督者や事業場内産業保健スタッフなどによる相談対応」などがあります。

とはいえ、どんなに相談できる環境を整えても、同僚や部下が「相談してみよう」と自発的に思えなければ、形骸化してしまうでしょう。

そこで、次の3点を提案します。

ざっくばらんに話せる環境を作る

どんなに、「話していいよ」といっても、なかなか声を上げてはくれないものです。そこで、定期的に「ざっくばらんに話せる機会」を作りましょう。

例えば、筆者は管理職時代、部下1人1人と、月に1回30分、ざっくばらんに何でも話せる機会を作っていました。1対1の関係のため、職場環境の問題点や、部下の状況を把握することに役立ちました。

管理職のコミュニケーション能力を上げる

「相談にのる」というのは簡単そうに見えて、傾聴力などのコミュニケーション能力がなければできません。管理職管理監督者、事業場内産業保健スタッフ等が相談に乗れるようにするためにも、コミュニケーションスキルを習得する研修も併せて開催するといいでしょう。

日々、従業員の状況が分かる仕組みを作る

仕事では、日々、さまざまな感情の変化があります。月に1回程度では状況が把握できない場合があります。そこで、日々、従業員の状況が分かる仕組みを作りましょう。

例えば、筆者は管理職時代、毎日書く業務報告書に、「今日の天気」という欄を設け、その日の気分を「晴れ」「曇り」「雨」で表現してもらうようにしていました。天気なので、比較的気軽に書けるメリットがあります。「曇りときどき雨」など、ネガティブな状況が感じられたときは、こちらから声をかけてヒアリングするようにしていました。

職場復帰における支援

四つ目は、万が一メンタルヘルス不調になった際の、円滑な職場復帰の支援です。『労働者の心の健康の保持増進のための指針』では、

 メンタルヘルス不調により休業した労働者が円滑に職場復帰し、就業を継続できるようにするため、事業者は、その労働者に対する支援として、次に掲げる事項を適切に行うものとする。
① 衛生委員会等において調査審議し、産業医等の助言を受けながら職場復帰支援プログラムを策定すること。職場復帰支援プログラムにおいては、休業の開始から通常業務への復帰に至るまでの一連の標準的な流れを明らかにするとともに、それに対応する職場復帰支援の手順、内容及び関係者の役割等について定めること。
② 職場復帰支援プログラムの実施に関する体制や規程の整備を行い、労働者に周知を図ること。
③ 職場復帰支援プログラムの実施について、組織的かつ計画的に取り組むこと。
④ 労働者の個人情報の保護に十分留意しながら、事業場内産業保健スタッフ等を中心に労働者、管理監督者がお互いに十分な理解と協力を行うとともに、労働者の主治医との連携を図りつつ取り組むこと。
なお、職場復帰支援における専門的な助言や指導を必要とする場合には、それぞれの役割に応じた事業場外資源を活用することも有効である。

出典:労働者の心の健康の保持増進のための指針

としています。

具体的な支援については、中央労働災害防止協会の〜メンタルヘルス対策における職場復帰支援〜心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引きがあります。

流れとしては、

  1. 病気休業開始および休業中のケア
  2. 主治医による職場復帰可能の判断
  3. 職場復帰の可否の判断および職場復帰支援プランの作成
  4. 最終的な職場復帰の決定
  5. 職場復帰
  6. 職場復帰後のフォローアップ

となっています。

職場復帰後のフォローアップとしては、「短時間勤務」や「業務の変更」「配属転換」など、いくつかの方法がありますが、それぞれのケースによって「何をすればよいか」は異なるのが実情だと考えます。本人や、必要に応じて医師やご家族と相談しながらフォローしていくことになるでしょう。

まとめ

職場におけるメンタルヘルス対策についてまとめました。

「メンタルヘルス対策」というと、ストレスチェックのような、「現状を把握し、問題点を解決する」のようなイメージが強いのかもしれません。よく、「自分のことは自分が一番知らない」と言いますし、チェックすることによって、はじめて客観的に気付くこともあります。

一方、メンタルヘルス対策で最も大切なのは、「不調にならないようにすること」です。ストレスの多くは、職場の人間関係や仕事の量、時間などにあります。それならば、コミュニケーションや仕事のやり方を常々改善していくことが、最も重要であるといえるでしょう。

投稿者プロフィール

竹内義晴
竹内義晴NPO法人しごとのみらい理事長
1971年生まれ。新潟県妙高市出身。自動車会社勤務、プログラマーを経て、現在はNPO法人しごとのみらいを運営しながら、東京のIT企業サイボウズ株式会社でも働く複業家。「複業」「多拠点労働」「テレワーク」を実践している。専門は「コミュニケーション」と「チームワーク」。ITと人の心理に詳しいという異色の経歴を持つ。しごとのみらいでは「もっと『楽しく!』しごとをしよう」をテーマに、職場の人間関係やストレスを改善し、企業の生産性と労働者の幸福感を高めるための企業研修や講演、個人相談を行っている。サイボウズではチームワークあふれる会社を創るためのメソッド開発を行うほか、企業広報やブランディングに携わっている。趣味は仕事とドライブ。

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